Friday, January 16, 2009

世界恐慌の波

ウェッジウッドが経営破たんした、というニュースをテレビで報道していた(@ノースキャロライナ)。

いやー、これは大変なことだ。

ウェッジウッドと言えば、イギリスの産業革命によって世界に躍り出た大企業。窯業地ストーク・オン・トレントに行くと、真っ先に出迎えてくれるのが、創設者ジョサイア・ウェッジウッドの銅像(下の写真)。イギリスの陶芸の象徴と言っていい。
ニュースを聞いていると、アイルランドのクリスタルガラスのメーカーであるウォーターフォード社に吸収合併されたが、結局経営改善できず、今回親会社とともに破綻、となったのだそうだ。

その数日後、今度はドイツの高級食器メーカー・ローゼンタールが破綻、のニュース。ウォーターフォード・ウェッジウッドの子会社だったらしい。親亀こけたら皆こけた、だ。

日本のデパートの洋食器売り場に必ずと言っていいほど、ウェッジウッドお店がある。値段は高い。私は一つだけ、ジャスパー・ウェアの飾り皿を持っているけど、それもストーク・オン・トレントでのお土産として買っただけで、普段使いでもなんでもない。

でも歴史的に見ると、その功績や蓄積した技術は計り知れないものがある。世界的にファンを持ち、いろいろな新しい試みを常に続けていた素晴らしい陶磁器メーカーである。とても残念なことだ。まあ日本ウェッジウッドのウェブサイトには、今後も引き続き生産していくので、と言う風に書いてはいたけど。がんばって欲しいなあ。

またニュースで、アメリカの投資会社が買収して再建するようなことを言っていたけど、アメリカ国内にそんな威力が残っている投資会社なんてあるのか。

日本でも窯業の不景気は深刻で、特に建設用のタイルを製造する工場や、ローラーマシン等で一日何十万個もの食器を作ってトンネル窯で焼成している大工場などは、バブル経済破綻後からずっと右肩下がりのままだろう。需要と供給のバランスが悪い、と言うだけではない、もはや産業として現代の経済に必要とされていないんじゃないだろうか。

特に窯業は、山を切り崩し、燃料を燃やし、二酸化炭素を放出して成り立つ産業だ。ゴミも出る。水も汚す。それでも人が必要とする限り、どんどん作ってよかった時代もあっただろう。だがこの昨今、環境に優しい、二酸化炭素を出さない、リサイクルし易い「ものづくり」が問われる時代に、窯業がどうやって対応していけるのだろう。個人の陶芸家レベルなら規模が知れてるし、柔軟に対応できるだろうけど、工場とかだと厳しいだろうな。

ストーク・オン・トレントでも、石炭で窯を焚いていた時代に、労働者の喘息や肺病が深刻な社会問題になった。石炭から重油やガス窯に移っても、爆発等事故や火災で訴訟問題が絶えることは無く、ついに町が「電気窯しか新しく築いてはいけない」と条例を作ってしまったのだ、と地元の陶芸家が嘆いていた。マンチェスターに近いがゆえ、大都市のベッドタウン化によって住宅地が押し寄せ、人の暮らしと環境と、産業のあり方を天秤に掛けねばならなかった、と言う状況は、日本のそれとも酷似している。

アメリカでも不景気は深刻な問題で、シーグローブの陶芸家たちも、とても心配している。大体、生活が苦しいと、陶器なんて買ってる余裕があるわけがない。ちょっとの間、厳しい時期が続きそうだ。

大量生産・大量消費の時代は終わったなんて、ずいぶん前から嫌になるほど耳にしているけど、でも何とか窯業が、細く長く生き延びる方法はないのかな。

Sunday, January 11, 2009

作品の見せ方考

アメリカで何度か展覧会(個展/グループ展)を経験しているけど、ちょっと面白いなということがある。ギャラリーの壁は必ず白、パディストール(pedestal)と呼ばれる展示台も白、白白白、なのである。

搬入・展示の前に、ペンキ缶を持って、あっちこっちの壁や展示台のくすんだ部分を塗るのが先決なのだ。

また、コンペのアプリケーションやポストカードに使う作品の写真だが、実際の物よりいかに良く見えるように撮影するか、がとても大切で、良いカメラマンや撮影スタジオを使うことに、人はとても貪欲だ。




アメリカでは、実物よりも写真写り、中身より外見、個人から大衆へと、作品の持つベクトルは外へ外へと向かっているように思える。もちろん実用的な陶器と、オブジェやフィギュア作品の持つ性質は違うけど。

自分の作品を前にして、コンセプトを語ることも、アメリカ陶芸では必ず要求される。

人に自分の作品を認めてもらうために、あらゆる努力を惜しまない。
逆に制作プロセスの中で、力を省けるところは極力省く。
作品の良し悪しよりも、ディベートや競争に勝つ力を付ける。

良いものを作る、という作家としての使命の前に、良いものを見極める目を養うことも大切なのだが。

アメリカの陶芸に関わって、延べで5年。決してそれをを批判しているわけではないが、私はここにいてもやっぱり日本人陶芸家なので、郷に従えない「日本人意識」が、シニカルに考えさせるのだろう。

あなたは自分の作品を良いものだと言い切れる自信がありますか。
それを人に認めさせるための、努力をしていますか。

Wednesday, January 07, 2009

陶芸を一休み

2007年からずいぶん記事を更新するのをサボっていた。すみません。

実は2007年秋の登り窯焼成を最後に、しばらくの間陶芸を休んでいた。2007年12月に子供を出産、そして24時間体制の子育て。陶芸を本格的に再開でき始めたのは2008年の秋から。1年間、活動らしい活動など無かった。

まあ陶器の町に住んでいると、嫌でもいろいろ陶芸に関するできことを目にするのだが。

そろそろ余裕も出てきたので、身の回りの陶芸のことを思い出しながら、書き始めてみようかと思う。

時々、思い出したときに、そっと覗いてみて頂けたら幸いだ。

こんなんだったのが

こんなんになりました